悲劇の美人女子競艇選手佐々木裕美(ササキヒロミ)選手の過去、戦歴、などのまとめ!!

選手情報

みなさんご機嫌ようーwどうですか!?最近は!!w

私は何もなく非凡に生きていますよw

今回佐々木裕美ササキヒロミ)選手のことを書いていこうと思っていて、出走表見てたら出てるっと思いせっかく書くことだし佐々木裕美(ササキヒロミ)選手頭で買っていこうとなぜか思ったのでやってみた!!w

このことを書き始めたのが、10月10日なので初日のレースをやっていこう!!

まずは1レース目!!

悩んだ結果、まあ1頭は確定として、俺の買い目は、

1-3-5、1-3-4、1-2-3 、1-2-5 この4点で勝負!! 全部オール1000円で!!

ありがとうございますw 

舟券購入代が4000円で払い戻し金が10800円なのでとりあえず6800円プラスだ!

今回はスタートがあまりいいタイミングで切れてたわけではないが、元々はとてもスタートが上手い選手だから逃げるのは得意としているし上手いなー!

佐々木裕美ササキヒロミ)選手はスタート揃えばほぼ逃げてくれるイメージあるな!

もう1レース出走するから1レース目で幸先良いスタート切れたのでもちろんやりまーすw

佐々木裕美ササキヒロミ)選手頭で買うことは確定してるんだけど女子戦だからもうわからんw

みんなもそうかな!?女子戦はいつも絞ると「裏目」とか「そこ残るの」とかよくある。ちょっと前のレディースチャンピオンでだいぶやられたからなw

2-全-全で確定でw オール200円 まあこれは正直応援の意味も込めてだなw

思わず笑ってしまったw すごくないかこれ!!! 本当ありがとうございます。w

舟券購入代が4000円で払い戻し金が21980円

本日プラス24780円

なんか俺の自慢ばっかで申し訳ない!!でも、どうしても言いたくてw

スタート展示ではまさかの珍事件も起きたのでw

よし!前座は終わり!!w こっからはちゃんと佐々木裕美ササキヒロミ)選手のことを書いていくから見てってくれ!!

佐々木裕美

女子ボートレーサー佐々木裕美(ササキヒロミ)選手について

登録番号4045
生年月日1979/10/03
身長162cm
体重47kg
血液型0型
支部山口県
出身山口支部
登録期85期
級別A2級
集計期間:2019/11/01-2020/04/30

みんなご存知だとは思うが、誰しもが認める美人競艇選手佐々木裕美(ササキヒロミ)選手

現在41歳でこの美貌w 41歳でこの美貌中々いないでしょ!!芸能人じゃないのに!!

そんな佐々木裕美ササキヒロミ)選手について書いていこう

ボートレーサー(競艇選手)になったきっかけ

佐々木裕美ササキヒロミ)選手がボートレーサー(競艇選手)になったきっかけは、小学校の時にボートレースをみてかっっこいいと思いそこからボートレーサーに憧れ目指したそうです。

現在ボートレーサーとしての目標は、ボートレースを引退する時にはボートレーサーと言う職業をしてよかったと感じて引退できるか出そうです。

めちゃくちゃかっこいいじゃんかw 俺もそれくらい物事に熱中して、燃え尽きるまでやらなくちゃ!!

元々、スポーツのほうもできたそうで、少林寺憲法では県大会、中国大会優勝、初段らしいです。

佐々木裕美(ササキヒロミ)選手の柔道着、、、、、だめだだめだw めちゃくちゃ似合いそう!!

そのスポーツセンスもあり今でも女子競艇選手で一線で戦えてるんだな!!

佐々木裕美(ササキヒロミ)選手の成績

勝率5,522連対率40.30%
3連対率50.74%出走回数134回
優出回数6回優出回数1回
平均スタートタイミング0.16フライング回数1回
出遅れ回数0回能力指数51回
1着26.1%(35)2着14.2%(19)
3着10.4%(14)4着9.0%(12)
5着15,7%(21)6着23.9%(32)
集計期間:2019/11/01-2020/04/30

佐々木裕美(ササキヒロミ)の戦歴

1999年11/10 下関ボートレース(下関競艇場)でデビューをする。3号艇から6コース進入だったが2着

2000年8/30 丸亀ボートレース(丸亀競艇場)でデビューから約9ヶ月で一般競走(コーラカップ)で初勝利をする

2002年9/8津ボートレース(津競艇場)G3第19回クイーンカップ女子リーグ戦競走で初の優出を果たす。5号艇進入は6コースで選責失格だった。

2003年5/26唐津ボートレース(唐津競艇場)G3第19回クイーンカップ女子リーグ戦競走でデビューから約3年半で3号艇進入6コース決まりては捲りで初優勝を果たす。

2004年03/02多摩川ボートレース(多摩川競艇場)で行われた第17回JAL女子王座決定戦競走で初のG1出場をする。この節の3日目12レースで3号艇進入3コースから決まりては捲り差しでG1初勝利を決める。

2004年10/20出場予定だった津ボートレース(津競艇場)で行われるG3第21回クイーンカップ女子リーグ戦に初日から欠場した。の後、坂谷真史と入籍し福井支部に移籍、産休に入った!

2006年01/13多摩川ボートレース(多摩川競艇場)で開催で産後初復活をする。同じ節の2日目産休明け初勝利を飾る。5号艇進入5コースで決まり手はツケマイだった。

2009年尼崎ボートレース(尼崎競艇)で開催された第22回JAL女子王座決定戦競走に5年ぶりに出場をする。

同じ年の2009年5/26 福岡ボートレース(福岡競艇)で開催された第36回笹川賞競走でSG初出場を果たす。その時に当時SGでの最高配当額199840円舟を出してしまう。6号艇進入は5コースで決まりては捲り差しで1着。

最愛の相手を失う

戦歴の中で、2007年から2008年のことを書いていないのには理由がある。

最愛である旦那さんを事故で失ってしまうのだ。

佐々木裕美(ササキヒロミ)選手には結婚している旦那さんがいたのです。その旦那さんは坂谷真史さん元競艇選手なのだ。

2007年2月26日に他界しています。

坂谷真史さんの事故について

2007年2/26  住之江ボートレース(住之江競艇場)で悲劇は起こった。

大阪府都市競艇組合主催GI第50回住之江周年記念での6日目第3レース5号艇からの出走でした。

2周1マーク、2号艇福島勇樹との激しい2番手争いで差しハンドルにより抜きを試みた際、6号艇山田豊との接触により転覆してしまいました。

事故艇を回避していた3号艇中澤和志の位置に浮上し巻き込まれました。競走後は大阪市立総合医療センターへ搬送され、集中治療室で治療を受けましたが、脳幹裂傷及び頭蓋骨骨折の合併症により12時54分に死亡が確認されました。

同じ日に徳山ボートレース(徳山競艇場)で出走予定だった佐々木裕美(ササキヒロミ)選手だったが、事故の一報を受け急遽欠場すぐに病院へ駆けつけたが夫の死に際には間に合わなかった。

その後

そして、佐々木裕美(ササキヒロミ)選手は地元山口に戻り山口支部の選手になり、シングルマザーとして再スタートをする。

やはりその決意はすごいものだ。そんな佐々木裕美(ササキヒロミ)選手をこれからも応援したいと俺は思う!

まとめ

ボートレース(競艇)は水の上の格闘技とまで言われている。競艇選手達は常に危険と隣り合わせで戦っていると言うことを考えて欲しい。

確かに舟券を外してカッとなる気持ちもわかる。けれどその気持ちは抑えて、野次ではなく応援や声援に変えてくれればもっと競艇と言うスポーツが大きくなるのではないかと思う!!

俺はこれからもっと競艇の凄さや楽しさをみんなに伝えてこう!!